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2015年8月13日木曜日

立場の違い

生徒さんのヨメシュウトメ談義が面白いです。
この間までヨメだった人も、シュウトメになると途端に考え方が変わります。
同じ人間でも立場で真逆の考え方になるもんですね。

私もピアノをはじめ習い事に行くと、生徒さんの立場がわかり勉強になります。
様々な体験が人の気持ちがわかる人間へと成長させてくれるのでしょう。

2015年8月11日火曜日

感謝コンサート4

プログラムが決まりました。
手前味噌ですがとても楽しそうです。

プログラムが出来て印刷に出すときすごくドキドキするんですが、「何回もチェックしたから大丈夫!もう時間もギリギリだし」と決意を固めて入稿します。

しかし絶対間違ってます。
2人がかりで、時に3人がかりでチェックするんですがミスがあります。
要するにチェックしてるようでしてないんですね。
「練習したのになぜか間違えるんです」とよく聞くあのセリフの香りがします(笑)。

最初から最後までただ弾くという講師からみると、甘い甘い、そりゃ間違えるわ、という詰めの甘い練習がありますが、たぶん校正のプロに言わせると、私たちのチェックはそんな詰めの甘い練習と同じでしょう。ミスもあって当然だというやり方だと思います。
しかし、正しいやり方でチェックしなさいと言われたところで、「いや…ミスがあっても命に関わる事じゃないし、日本人だからわかるし、見た方も許してくれてるし」と絶対今までのやり方を押し通すに決まってます。
めんどくいことは避けるのが私のモットーです。

そして思いました。
生徒さんはピアノのことを同じように思ってるのかも?

確かに間違えたくはない。
でもそこまで自分を追い込みたくはない。
趣味だし。
死なないし。
そんなめんどくさいことしなくたって出来るかもしれないし。

少し生徒さんの言い分がわかった気がしました。
でも、ピアノは「出来るかもしれない」=「100%出来ません」ので。
これは肝に銘じておいて下さい。


2015年8月10日月曜日

友達親子

大人になってわかったことの一つに、ほとんどの大人は身体が大きくなっただけの、子供と同じ人間というのがあります。もちろん自分もです。

なので教師だから医者だから優れているってことはないと、納得しています。
そして親だって成熟した大人な訳じゃないんですね。


でも、だからって私は友達親子というのが好きではありません。
大人同士になれば別ですが、子供が小さい時は立場が全然違うのですから、意見も行動も違うはずで、友達になれる訳がないのです。めんどくさくて大変なことはしたくない子供と大人が話が合うわけがないのです。なぜ友達親子が増えているかというと、その方が楽だからです。友達になっちゃったら叱ったり管理しないで済みます。自分が楽なのです。
私みたいに楽したい人間にはそのことが良くわかります。

昨夜11時頃帰宅するとき、居酒屋から4人家族が仲良く出てきました。小学生の子供は慣れた感じで楽しそうでした。バカな親だと思いました。たとえ子供がそれを望んでも、早く寝かせるのが親です。ケチだなんだと言われても寝かせるのが親です。たまにはそういうこともいいという人もいますが、何故たまにいいのかもわかりません。子供の生活に沿ったたまにいいことをすればいいと思います。

宇宙飛行士の油井さんのお父様が息子を尊敬しますと言い、油井さんは私が父を尊敬しているんです、と言いました。いい話です。
友達親子との違いは、油井さんのところはどちらも大人ということです。

子供の上に立つには、上に立つ責任が生じます。
責任あるものは責任ある行動をしなくてはいけません。
自分が夜11時まで居酒屋でのんびりお食事したりお酒飲んだりしたいのを我慢して、自分を律しないといけません。友人と遅くまで話も出来ません。ゲームをし放題、お金を使いたい放題ってわけにもいきません。

親がストレスがあると子育てに良くないといってそんなことでストレス発散するのは、未熟な証拠です。責任あるものはストレスなんてあって当然なのです。ストレスのない喜びなんてないのです。

子育ては難しいでしょう。
ピアノの生徒さんにも、いかに練習をさせるかはとても苦心するところです。
私のような幼稚な人間は生徒さんと友達でいられたらとても楽です。
でも、それが一番生徒さんを成長させることになるのかと言うと違います。
親子でもそうです。

責任あるものが迎合していてはその力は発揮出来ませんし相手も成長出来ません。
逆境に負けない精神を培うには、大人が逃げず、子供たちと毅然と闘うことだと思います。

そんな大人に自分がなれるかというと絶対なれませんが、でもなれるよう心がけたいとは思います。








2015年8月9日日曜日

出来ることを数える

年を重ねていくと、以前出来た日常のことが出来なくなります。
昔、祖母が言ってたその意味が身をもってわかるようになってきました。


ピアノを習い始めると何も知らなかった時より少し出来るようになる。
これは年に関係なくそうです。
何もやらなかった時よりは絶対、誰でも出来るようになるのです。
ただ「やらなかった時より」なのです。
年を取って日常生活が出来なくなるのにピアノだけはずっと右肩上がりとはいかないのです。考えたら当たり前なのですが、最初にぐんと伸びるので、つい「このまま頑張っていったらどんどん弾けるようになっていく」と、年齢は関係ないかのように錯覚してしまうのです。

夢を壊すようで悪いのですが、ピアノだけそんなことあるわけないのです。
自転車や水泳と違って、若くたって弾けた曲すらすぐ弾けなくなるのがピアノ。
若者だって現状維持は難しいのです。
年を取ったら尚更。習えば習っただけ難しい曲が弾けるようになると思うのは幻想です。
習う年月と比例して上達することは、残念ながらありません。

先日ある生徒さんがおっしゃってました。
「出来ることを数えてます」
出来ないからやめてしまっては、たぶんいつかみんなやめなきゃいけなくなる。
だから、出来ることを出来る中でやっていく。

これからずっと忘れないで覚えておきたい言葉です。


2015年8月8日土曜日

知らないこと

アメリカ大陸を発見したコロンブスは奴隷商人で先住民を虐殺したヒドい人、と先週生徒さんに聞きました。知らなかったです!


「そんなヒドい人だったとは!!」と驚きました。
でもこれ、聞きっぱなしで自分では何も調べていないので、聞き違いとか勝手な自分の解釈とか入っているかもしれません。私は全てが大げさです。
コロンブスに言わせると「いや、そこまででは…」という部分もあるかもしれません。

知らないと、聞いたことや言われたことを鵜呑みにしてプラス妄想を膨らませます。
音楽に関することもそうです。
諸説ある中の一つがテレビで取り上げられたりすると、完全に信じてしまいます。
ピアニストなんかでもドラマティックに取り上げられると、すごいピアニストの気がしてすごいお金出して聴きに行ったり(笑)。

別にコロンブスがどんな人だろうと、ピアニストが上手だろうと下手だろうと生活を脅かすほどでなければ別にそれも構いませんが、身近な人間関係や大金や国同士の話だと事は重大です。

知らないから信じてしまう。
知らないと、人の言葉やウワサだけで判断してしまう。

出来ないことは沢山あるけど、まずは少しでも知っておこうとすることは大事ですね。
明日は長崎、原爆の日です。
もう少し歴史を勉強しなくては、と思うこの頃です。

2015年8月7日金曜日

幸せなら

私は今が人生で一番幸せな気がします。
じゃあ以前は不幸せだったかというとそうではなく、今は「幸せだということに気づいた」状態だということです。

ドラマで「幸せな子やねえ。その分励まなきゃね」と言ってました。
もう既に終わった「天皇の料理番」を録画で見ています。
その中の台詞です。

幸せだと感謝出来る。
感謝出来ると励める。
励むと結果が出る。

幸せだと気づくだけでいい循環になる感じがします。