昔は自分の感情移入が表現だと思っていました。
けれど年を重ねるうちにそれは違うと思うようになりました。
聞く側は自分のことと重ね、感情移入して聞き入ります。
けれど弾く側はそれではだめなんですね。あくまでその曲を伝える、これが表現だと思います。だから演奏は自己陶酔するのでなく情熱を持ちつつ客観的に冷静に。
クラッシックの器楽曲には言葉がありません。つまりメッセージという押しつけがないんですね。これはすごいことだと思います。聞いた人がそれぞれ自分の思いと重ねられる。
それぞれのもしかしたらバラバラの異なった感情を思い起こさせ揺さぶる何かがあります。
こねくり回しカッコ良く見せたい私とは真逆のクラッシック。
クラッシックをやっていると、自分の小ささを感じます。クラッシックの大きさを感じます。
クラッシックに出会い、才能のない私が今でも続けているのは、小さな自分を思い知るためかもしれません。
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