更に親しくなると親密な関係になります。
しかし、その蜜月は永遠に続く訳ではなく、やがて「マンネリ」になりそのあとは「競争」になって関係が悪くなるらしいのです。自分の家族になったり親友になると嫉妬やひがみが生まれ、競争意識が生まれてしまうとか。間柄が近いほど密かに激しい闘いになるということです。うーん、恐ろしいです。でもそれを乗り越えると他にはない「強い絆で結ばれる関係」となるそうです♪
言われてみればなんだかわかります。身近な人だからこそマンネリになって感謝も忘れなんでも気に入らなくなってどっちがエラいとか誰が一番大変とか主張するようになって(笑)。それを乗り越えるのは大変です。乗り越えずにあきらめてる人の方が多い気がします(笑)。
じゃあどうしたらその競争を乗り越えられるかというと「もう一度じっくり向き合うこと」だそうです。なるほど、、。ま、それがなかなか出来ないんですけどね。
実はこの競争関係、ピアノにもあると私は感じます。
最初、ピアノは憧れの的。
それが自分が弾く事になって、もうピアノが弾けるってだけで嬉しかった。
そしてどんどん上達する。
自分とピアノとの関係が最高潮に達する。蜜月。
が…。
それがある時から関係がこじれ始める。
「なんで弾けないの?練習してるのに。ピアノは私の気持ちに全然応えてくれない、こんなのも弾けないなんて。私はピアノに向いてないのかも。楽しくない。もう苦痛だけ。ピアノ弾いてる意味ない。。別れよう。。」
人間関係と同じですね(笑)。
少し冷却期間を置いてもう一度じっくりピアノに向かうのもいいのかもしれませんが、
でも、ピアノはやらなくていいものなので、冷却期間を置くともうピアノには戻ることはなくなるでしょう。やむを得ない事情で休んだ方は別ですがこの理由でお休みする方は、ピアノとサヨナラになりがちです。
私がピアノをやめたいと思った理由は上記の「どうせやってもヘタクソだし、、、」というものでしたが、ずっとピアノしかやって来なかったのでやめたら半分自分がなくなるようで怖くてやめられませんでした。そのせめぎ合いの中続けてきました。
そして35、6歳のころ…気付きました。
「才能のある人なんてほんの一握り。その才能のある人だってものすごい努力をしている。練習しないくせに上手になりたいなんて傲慢だった。才能のない私がここまで続けてて来れたのは奇跡。小さいころ憧れたピアノ、それを今やっている、やっていて良かった。下手でもピアノは楽しい」と。
ピアノを初めて30年も経った頃でした。
ようやく私のピアノとの競争関係が終わりました。
今はいい距離感を保ちつつ強い絆で結ばれています。
ピアノがやめたくなったらもしかしたらピアノと競争しているのかも。ピアノを打ち負かしたいと思っているのかも。
そんな時は、今の自分とじっくり向き合ってみてください。ほんとはピアノがイヤなんじゃなくて、何か別のことで努力しても報われなかったことがトラウマになっているのかもしれません。人と比較されて「だったらやらない方がマシ」と悔しい思いをしたことがあるのかもしれません。
そんな時は、なぜピアノを弾こうと思ったのか、ピアノを弾きだした時の気持ちを思い出してください。
ピアノと争う必要はないのです。ピアノは誰にでも開かれています。ピアノは人を選びません。どんなに下手だって楽しい。私が証拠です。
ピアノ以外何も頑張っていない私がエラそうに言えることではありませんが、ピアノも人生も逃げずに向き合うとその先にきっと新しい関係が待っています。
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