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2014年3月14日金曜日

楽しむということ

「楽しい」って何でしょう。感動って何でしょう。


浅田真央ちゃんのスケートには全員が感動して「感動とはこういうものだ」と日本中が感じました。まさに絵に描いた感動でした。

真央ちゃんはどうでしょう?
あの日楽しく滑ったでしょうか?
滑る前に「楽しく滑ろう」と思っていたでしょうか?
あそこにたどり着くまで毎日楽しかったでしょうか?

「楽しい」が市民権を得たのはほんの20年くらい前の気がします。それまで楽しいは日本人には馴染みが薄かったと思います。それまでの日本人の美徳は我慢でした。今の美徳は楽しむことの気がします。

楽しむのはいいことです。でも当初それは今ほど軽薄ではなかったはず。。。

真央ちゃんは「ショートの後、スケートはもういい」と思ったと言っていました。が、あのフリーのあと「こんな気持ちをもう一度味わいたいと思う」と言っていました。

人を感動させられる人は日常が楽しいことなんて少ない気がします。
でも逆に私たちの知らないとてつもない深い楽しみを知っていることでしょう。

私ごときが言うのはなんですが、ピアノも楽しいだけでは楽しくなれないと、私は思っています。弾けないと楽しくないです。でも弾けて楽しくなる為には「楽しくないこと」をどれだけ積み重ねるかだと思っています。

今日、ピアノをはじめて8年の88歳の生徒さんに言われた言葉です。
「人生いろいろ自分の為にして来た。今はもう自分の為でなく人の為に何かをしたい。ピアノもそう。簡単な曲だけれど、一所懸命頑張って私のピアノで人が癒されるように弾いてみたい。そんな弾き方を教えて下さい」

プロだからそこまで深く追求するというのは違うと思います。「どこまで真摯に向き合うか」で感動は伝わります。0の素人が死にものぐるいの努力で1になるのはプロと同じように感動するものです。薄っぺらな取り組みは自分にとっても人にとっても所詮薄っぺらでしかないと思っています。

その方には、「では覚悟して下さい。人に感動してもらうのは簡単なことじゃありません。バリバリ努力してもらいますよ!」と言いました。
本当はもうこの時点で私は涙が出るほど感動していました。
半年後の発表会が楽しみです。





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