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2016年9月5日月曜日

感謝と分



時々、他人の優秀さに嫉妬し自分の不甲斐なさに落ち込むことがあります。
そしてせっかく私のようなものを信じてくれている人への感謝をケロリと忘れます。

人間やる気がない時って、本当は何かしら理由があるんですが、それが自分でわからないことも多いです。私もちょっとやる気を失ってました。その時は理由なく、だったのですが今になって理由が明らかになりました。


お休み中にそれとはなく客観的に自分を眺めていました。

「このダラダラした感じ、これぞ私」
「元々こうしてダラダラ生きてきたんだもんね」
「こうしてダラダラしているのが一番合ってる」
「そもそも私が仕事してる意味あるんだろうか」
「私でなくていいんじゃないか」
「むしろ私じゃない方がいいんじゃないか」
「ピアノ下手だしな〜、、」
「リーダーシップないしな〜、、、」

こんな感情が沸き上がってきました。
実力があってみんなに尊敬されてて人気者でイキイキ輝いて前向きでダラダラしていないステキな人が恨めしく思え、別に何も起こっていないのに妙に不安になったり心配してみたりします。

こういう時の気分転換は私にとってほぼ無駄です。私は根がしつこいので一時的に気分転換とかできません。

人をうらやみひがんで自信を喪失してダラダラして、そして時が過ぎ、晩夏。


やる気がなくなっていたのは自信喪失ではなく、反対に傲慢だったからだと気づきました。
人に嫉妬するのは、自分が人と同じくらい力があるのに報われていないと思う時です。雲の上の人には嫉妬しませんから。
人に嫉妬する人は、心のどこかで「私だって同じくらいできるのに」って思っているのです。でもそういう人って大抵同じくらいできてないんですよね、大抵(笑)。

ということに気づきました。
自分に力があるとは思っていませんでしたが、どこかでおごりがあったのでしょう。

今の自分にできることはここまで、とちゃんと自覚する。勝負に勝つことじゃないし、自分の虚栄心のためではない。
ピアノのように人前で何かすることは、ともすると「他人の評価」や「自己実現」が目的になりがちです。でも自分を表現するというのはそういうことではないと思います。
私は演奏家でもないし優秀な経営者でもないし、指導者としても頑張っていますが色々うっかりしています。演奏も指導も一流の人はたくさんいます。でもその人たちのように私にはできない。それが私です。

じゃあ、そんな人が何のためにやるのか、というと多くの人のためでなく目の前の方が、私という偶然を介して「今日は楽しかった」と思ってくれるため。

「こんな私でも求めてくれる人がいる限り頑張ってやろう!」とスッキリしました。


何度でも落ち込んで何度でも初心に戻りたいと思います。







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