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2016年10月9日日曜日

夢の不老不死


いろいろな薬が開発され、医学も進歩し、不老不死も夢じゃないみたいになってきてます。
生きたいのは人間の本能ですからそこには希望が溢れてます。
明るい未来が待ってるってカンジです。
でも。
その夢に近づくにつれ、そうとばかりも言ってられない嫌な雰囲気です。

どんなに、なんとか高齢まで生きていられても完全な健康体ではないということ。
そうなると問題の一つはから介護する人が必要という話。

若い人を介護の職に、っていうけど確かにここまで支えてくれた世代を大切にするのは大事。でも若者達の仕事が高齢者関係ばかりになっちゃっていんでしょうか?イギリスのEU離脱のとき、若い人が「高齢者の意見が通った」のように言ってましたが、高齢者のためだけの世界になったら未来がありません。

そして次にお金の問題。
国の健康保険の医療費がすごい額になっているようです。
その件で医療費を使いすぎだと書いたアナウンサーが糾弾されました。彼は全く私のタイプではありませんが、私も大きい声では言えませんが言いたいことがわかります。

「生きたい」と思うのは本能。自業自得だろうがなんだろうが、どこかが悪くなれば治療したいし痛いのは嫌だし、仮に生きてるのが楽しいからじゃなくても生きたい、それが本能です。

でも医学の進歩には莫大なお金がかかっていて、それを開発している人たちだって現場のお医者さんだって精神はボランティアでもちゃんとそれ相応の報酬をもらうのが当然なわけで、となればその本能を尊重するには高額なお金がかかる。
でもその本能を尊重したい個人にはそれを支払うお金がないから、若い健康な人がみんな身を粉にして働いたお金で支払う。

こういう仕組みですよね。

つまり若い人がその本能の尻拭いをしているってことです。
これを社会の仕組みとして考えたら、若い人は高齢者のために生きる仕組みってことです。
若い人は法律だから仕方なく従っているけど、自分が高齢になった時にはお金がなくなりそうだからと、今の高齢者や病気の人の分を支払いつつ自分が将来高度な医療を受けられるよう、さらに身を粉にして死ぬほど働いて保険に入ったり貯金する。。

これをおかしいと思わない方がおかしいですよね。これでは若い人の方が先に死んじゃいます。現在の高齢者や病人の手厚い治療や介護のために働き、自分たちはそれをしてもらえない。それこそ逆の意味での差別です。
そのことを見て見ぬ振りをしていいいのか、ってことです。


抗がん剤には悪い細胞だけでなく良い細胞も破壊する作用があると聞きました。
夢の不老不死に近づくことには、大きな副作用がありそうです。






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